パティシエの鎧塚俊彦さんが、MCを坂上忍さんが務めるテレビ番組『コドモがオトナを本気にするテレビOh!特注〜る』に出演。日本を代表するパティシエの鎧塚さんが「コドモ」の夢を叶えます。
実は鎧塚さんと坂上忍さんは、亡くなられた川島なお美さんを通じてお付き合いがありました。
今回は鎧塚さんについて色々と調べてみました。
坂上忍が『川島なお美動物愛護賞』の大賞を受賞
坂上忍さんは2022年9月24日に行われた『第6回川島なお美動物愛護賞』で、千葉県内で動物愛護活動をしている犬猫保護ハウス「さかがみ家」が、大変貢献していると評価され、大賞にあたる『川島なお美賞』を受賞しました。
この日は2015年に亡くなった女優、川島なお美さん(享年54)の命日で、生前から交流があった坂上は「なお美さんにちょっとでもほめてもらえるように頑張りたい」と涙をこらえて誓っていました。
授賞式には、なお美さんの夫の鎧塚俊彦さんもプレゼンターとして参加していて、坂上忍さんと一緒に動物愛護のために頑張っていきたいとコメントしていました。
引用元:鎧塚俊彦さん公式インスタグラムより引用
引用元:鎧塚俊彦さん公式インスタグラムより引用
鎧塚俊彦と川島なお美の結婚の馴れ初め
鎧塚俊彦さんと川島なお美さんの最初の出会いは、2005年の年末の料理番組で、その時にはお互い名刺交換もせず話もしなかったそうです。
その番組は、イチゴをテーマにしたデザートの対決する企画で、審査員のなお美さんが鎧塚さんのつくったデザートが甘すぎると感じたのです。
2006年の年末に、プロフィギアスケート選手の荒川静香さんの誕生パーティーのデザートを、なお美さんが鎧塚さんに依頼したことが、2人が恋人関係になるきっかけでした。
その時にケーキを切り分けている姿を見て、なお美さんは「あ、かっこいいな」と思ったそうです。
川島なお美から鎧塚俊彦さんにプロポーズ
2人はフランスでの旅行先に行った時に、改めて愛を確かめ合い結婚することになりました。
その時のプロポーズは、鎧塚さんが「おじいちゃんおばあちゃんになっても、こういうとこに来たいよね。」と話したのに対し、なお美さんが「おばあちゃんになってもお姫様だっこしてね。これ、私のプロポーズです」とプロポーズしたそうです。
そして、鎧塚さんはポケットからおもちゃの指輪を取り出し、なお美さんにはめてあげたそうです。
そして、2009年2月1日に2人は入籍しました。
引用元:鎧塚俊彦さん公式インスタグラムより引用
鎧塚俊彦のプロフィール 年齢、出身地、高校など
鎧塚俊彦(よろいづかとしひこ)さんは、1965年10月16日に京都府宇治市で生まれ、年齢は56歳です(2022年10月1日時点)。
鎧塚俊彦の出身高校
鎧塚さんの出身高校は『京都府立城南高等学校』で、現在は京都府立城南菱創高等学校になっています。
引用元:鎧塚俊彦さん公式インスタグラムより引用
鎧塚俊彦のパティシエとしての経歴
鎧塚さんは1984年に高校を卒業後、パティシエになるために『辻製菓専門学校』に入学。
そして1989年に辻製菓専門学校を卒業後、23歳の時から本格的にパティシエとしての経歴がスタートし、1995年にはヨーロッパに渡って仕事をしています。
【1989~2000年までの経歴】
- 1989年 守口プリンスホテル(現ホテル・アゴーラ大阪守口)に入社し、パティシエとして3年間勤務
- 1992年 神戸ベイシェラトンホテル&タワーズのセクションシェフから副製菓長として3年間勤務
- 1995年 30歳の時にヨーロッパへ。スイス・シャフハウゼン「ツッカーベッカライ エルマティンガー」に入店し、オリジナル菓子「トシ・マンデル・クローネ」が人気商品になり1年半勤務。
- 1996年 オーストリアのウィーンにある「バックハウスアンナミューレ」でアシスタントシェフとして年半勤務。
- 1998年 パリ2区モントルグイユ通りにある最古の伝統店「ストレー」入店し2年間勤務
- 2000年 ベルギーの3つ星レストラン「Bruneau(ブリュノウ)」シェフパティシエとして2年間勤務
鎧塚俊彦は2003年に独立し『Toshi Yoroizuka』を開業
鎧塚さんはヨーロッパから帰国し、2003年に有限会社アトリエ・サンセールを設立し、翌年の2004年9月7日に、東京都渋谷区恵比寿に『Toshi Yoroizuka』をオープンし、2007年3月30日には、東京都港区六本木にある東京ミッドタウンで『Toshi Yoroizuka MID TOWN』をオープンします。
鎧塚俊彦は2016年に『キッシュヨロイヅカ江ノ島店』を開業
2016年4月21日に、新しくキッシュのお店を4店舗オープンしました。
そのお店は『キッシュヨロイヅカ江ノ島店』、東武百貨店池袋店の中にある『キッシュヨロイヅカ2号店』、渋谷ヒカリエShinQs (シンクス) に『キッシュヨロイヅカ3号店』、そして東京都港区青山の『キッシュヨロイヅカ南青山店』です。
引用元:鎧塚俊彦さん公式インスタグラムより引用
鎧塚俊彦は小田原に農園を開く
鎧塚さんは2011年11月、神奈川県小田原市に農園を併設した約4千坪のカフェ&レストラン『一夜城ヨロイヅカ・ファーム』を開業しました。
ここはただ商売するだけでなく、日本の農業の発展のために開いたそうです。
今まで自身の菓子作りに使う素材を選定するために、様々な産地を回ってみて、若者の農業離れの深刻さを感じ、少しでも力になれればと思い開業したそうです。
鎧塚俊彦はとても優しい人柄
川島なお美さんが亡くなった2015年9月24日、鎧塚さんの自宅前には、報道陣が鎧塚さんや弔問客のコメントを取ろうと連日詰めかけていました。
鎧塚さんは妻を失いかなり心労が重なっていたにもかかわらず、ゴミを捨てに出た時や外出から戻ったときも、疲れた様子を一切見せずに取材に対応していました。
さらにすごいのが、報道陣の方々へ宅配ピザの差し入れをしていたそうです。
記者の人たちは、宅配してきた店員から「鎧塚さんが“お疲れでしょうから”ということでした」と説明され、みんな鎧塚さんの優しさに心を打たれました。
また、通夜が終わった後には、記者の人たちが原稿を書いていると、鎧塚さんが「中に入ってもいいですよ。テーブルと椅子があります」と声を掛けてきたそうです。
報道陣に対しても分け隔てなく気遣い、なお美さんの葬儀を和やかなものにした鎧塚さんの姿に目を潤ませる記者もいました。
引用元:鎧塚俊彦さん公式インスタグラムより引用
まとめ
いかがだったでしょうか?
パティシエとして大成功したのにもかかわらず、誰にでも優しくて偉ぶらず、驕った態度をとらない鎧塚俊彦さん。
川島なお美さんが、とても愛している理由が少しわかった気がしますね。
最後までご覧いただきありがとうございました。