『さんまのお笑い向上委員会』にすゑひろがりずが出演し、スタジオをめちゃめちゃ盛り上げています。
すゑひろがりずは、M-1ファイナリストであり、経験豊富でアドリブにも強く、笑いの神・明石家さんまも安心してネタフリしています。
今回は、すゑひろがりず・三島達矢を中心に、色々と調べてみました。
すゑひろがりず 三島達矢のプロフィール、学歴など
すゑひろがりずの三島達矢(みしまたつや)さんは、1982年10月2日に大阪府大阪市住吉区東粉浜で生まれ、年齢は40歳です。
すゑひろがりず 三島達矢の小学校
三島達矢さんの出身小学校は地元の『大阪市立東粉浜小学校』です。
運動神経はそんなに良くなかったですが、小学校の時からサッカーを始めています。
すゑひろがりず 三島達矢の中学校
三島達矢さんの出身中学校も地元の『大阪市立住吉中学校』です。
部活はサッカー部に所属し、練習は真面目にしていたが3年間レギュラーには入れなかったそうです。
この中学校の卒業生には、お笑いコンビのAマッソさん、タレントのラサール石井さん、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんがいます。
すゑひろがりず 三島達矢の高校
三島達矢さんの出身高校は私立の男子校『清風高等学校』です。
この学校は非常にレベルが高く偏差値が61~71もあり、入学試験に合格した三島さんはとても優秀でした。
部活はサッカー部ではなく、イラスト漫画部に所属していました。
この高校の卒業生には、俳優の大谷亮平さん、元体操選手でタレントの池谷幸雄さん、また定時制に通っていたお笑い芸人の今田耕司さんがいます。
すゑひろがりず 三島達矢の大学
三島達矢さんは、中学受験で優秀校の清風高等学校に入学できたせいなのか、あまり勉強の成績は良くなかったので、大学受験はしませんでした。
高校を卒業してからはフリーターになり、パチンコ店でアルバイトをしています。
また、関西テレビの報道局で報道カメラマンのアシスタントをしていました。
しかし、パチンコにハマりすぎて、実家から追い出されてしまったそうです。
名前:三島 達矢(みしま たつや)
立ち位置:向かって右、ボケ及び扇子・ネタ作り担当
生年月日:1982年10月2日
年齢:40歳
出身地:大阪府大阪市住吉区東粉浜
身長:169cm
体重:85㎏
血液型:O型
趣味:浮世絵鑑賞(歌川国芳ファン)、ジグソーパズル
特技:法螺貝、ゲーム
すゑひろがりず 三島達矢は『稲田直樹』と同居生活
三島達矢さんは、2005年の23歳の時にお笑い芸人を目指し『吉本総合芸能学院(NSC)大阪校』へ28期生として入学します。
同期には、アインシュタインの稲田直樹さん、シソンヌさん、ななまがりさんがいて、稲田直樹とロングロングの長尾丈史さんと3人で、ルームシェアをしていました。
すゑひろがりず 三島達矢の芸人歴
三島達矢さんは、2005年7月に小畑陽司さんとお笑いコンビ「バルチック艦隊」を結成し、2005年のM-1グランプリで準決勝まで進出し、同年開催されて『第26回今宮戎漫才新人コンクール』で新人漫才奨励賞を受賞しています。
将来を有望視されていましたが、2007年11月に惜しまれながらバルチック艦隊は解散しました。
南條庄助と『すゑひろがりず』を結成
三島達矢さんはバルチック艦隊の解散後、NSCで同期の南條庄助さんと、佐野サスケさんでお笑いトリオ「ガンセキオープン」を結成します。
しかし、ことごとく劇場のオーディションに落ち続け、佐野サスケさんが脱退してしまいました。
その後、2011年4月に南條さんとお笑いコンビ「ドロスス」として活動をスタートし、三浦マイルドの命名で「みなみのしま」と改名して活動をするが鳴かず飛ばずでした。
すゑひろがりずの恩人は『ミルクボーイ・駒場孝』
2人のコンビは解散寸前でしたが、ある時余興のつもりでやった、今の芸風である狂言ネタが大ウケし、徐々に出番が増えるようになりました。
ちなみに、狂言ネタを本ネタにすることを2人にアドバイスしたのは、ミルクボーイの駒場孝さんだったそうです。
そして、お笑いコンビとして知名度が上がり、2014年に6月に活動拠点を大阪から東京に移し、2016年に古風な芸風に合わせて「すゑひろがりず」に改名しました。
すゑひろがりず 三島達矢の結婚、嫁、子供は?
三島達矢さんは、2019年12月10日に自身のツイッターで結婚を発表しました。
奥様は一般女性の方で、顔の画像を調べてみましたが情報がありませんでした。
ただ、すゑひろがりずの衣装には奥様の手作りのものがあり、料理が上手だということです。
子供は、2021年9月3日に第一子となる女の子が誕生しました。
まとめ
いかがだったでしょうか?
三島達矢さんは芸歴約20年で、売れるまでに大変苦労され、試行錯誤していろんなネタを考えてきました。
その積み重ねがあったからこそ、唯一無二の「狂言ネタ」が生まれたのでしょう。
これからも、南條庄助さんと一緒に「すゑひろがりず」として頑張ってほしいですね。
最後までご覧いただきありがとうございました。
