阪神タイガースが誇る″若き守護神″の湯浅京己(ゆあさあつき)選手。
湯浅京己選手は独立リーグからプロ野球選手になり、史上初・史上唯一の独立リーグ出身で「侍ジャパン」に選ばれた凄い投手です。
現在大活躍の湯浅京己選手ですが、高校時代はケガに苦しんでいました。
そこで、湯浅京己選手のプロフィール、実家、家族(父親・母親)、小学校・中学校・高校時代をまとめてみました。
湯浅京己 プロフィール 年齢、出身地、身長、体重
名前:湯浅 京己
読み方:ゆあさ あつき
愛称:あっくん
生年月日:1999年7月17日
年齢:23歳(2023年6月時点)
出身地:三重県尾鷲市
身長:183cm
体重:82kg
投打:右投右打
ポジション:投手
湯浅京己選手公式インスタグラムより引用
湯浅京己の家族(父親・母親・兄弟)について
湯浅京己選手は、1999年7月17日に三重県尾鷲市に生まれ、年齢は23歳です(2023年6月時点)。
家族構成は「父親・母親・湯浅選手」3人家族の1人っ子です。
● 父親…湯浅栄一さん ● 母親…湯浅衣子さん ● 湯浅京己選手
湯浅京己の父親は元野球選手
父親の栄一さんも本格的に野球をしていました。
「三重高校」「法政大学」そして社会人野球チーム「昭和コンクリート」まで、捕手としてプレーしていました。
その影響もあり、湯浅選手は自然と野球を始めたのです。
湯浅京己の実家は精肉店
湯浅京己選手の実家は、精肉兼惣菜店「ぶたふく」です。
お肉だけでなく、焼豚、コロッケ、メンチカツ、唐揚げ、手羽先など、多くの惣菜を扱っています。
このお店の「ぶたふく特製手作り焼き豚」はとても美味しくて有名で『日本百選』にも選ばれています。
湯浅選手の中学時代は、毎日ステーキや焼き肉などが入っている贅沢なお弁当を作ってもらっていました。
また、高校時代は寮生活でしたが、わざわざレンジで温めるでけで食べるように、2週間に1度は冷凍のサーロインステーキを送ってくれたそうです。
湯浅選手は、両親からの深い愛情をいただいて育てっています。
湯浅京己の小学校・中学校時代
湯浅京己選手の出身小学校は「尾鷲市立尾鷲小学校」です。
小学4年生から「尾鷲野球少年団」で野球を始めました。
出身中学校は「尾鷲市立尾鷲中学校」です。
中学時代は「伊勢志摩ボーイズ」でプレーし、ポジションは主に内野手でした。
湯浅京己は「聖光学院高校」でマネージャーを経験
湯浅京己選手は、中学校を卒業して地元・三重県を離れ、福島県伊達市にある強豪校「聖光学院高校」へ進学しました。
実は小学生の頃から聖光学院高校でプレーすることを決めて、プロ野球選手になることを目指していました。
湯浅選手は進学してすぐに「成長痛」による腰痛に悩まされ、完治するまではマネージャーを経験します。
そして、高校3年の春に公式戦デビューを果たし、県大会の決勝戦で先発に起用されました。
夏の甲子園では「経験値が低い」という理由でベンチ入りできませんでしたが、大会中は打撃投手としてチームを支えています。
湯浅選手は高校時代にケガに苦しんでいましたが、努力を惜しまず、最後までチームのために全力を尽くしていました。
湯浅京己は「独立リーグ」から阪神タイガースへ
湯浅京己選手は高校を卒業後、大学からのスカウトもありましたが、独立リーグでプレーすることを決断しました。
2017年11月に「ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)」のトライアウトを受けます。
その後、BCリーグのドラフト会議で「富山GRNサンダーバーズ」から1位指名を受けて入団しました。
そして、プロ野球選手になるために投球フォームの修正、基礎体力の要請に専念した努力が報われます。
2018年シーズン終了後「NPBドラフト会議」で、阪神タイガースから6巡目に指名されて入団しました。
湯浅京己選手公式インスタグラムより引用
まとめ
湯浅京己選手のプロフィール、実家、家族(父親・母親)、小学校・中学校・高校時代をまとめてみました。
高校時代にケガで苦しんいましたが、そこからプロ野球選手になるなんてなかなかできないことですよね。
阪神タイガースの守護神になるために、めちゃくちゃ練習したのではないのでしょうか。
これからも、湯浅京己選手の活躍に注目していきたいと思います。